ご挨拶

2011年4月 小林 誠

kobayashi

東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

このたび、山崎前理事長の後を継いで、仁科記念財団の理事長に就任いたしました。責任の重さに身の引きしまる思いでおりますが、皆様のお力添えをかりて、無事に任務を全うできるよう努力してまいりたいと思います。

財団は4月1日より、新しい公益法人制度のもとでの認定を受けた公益財団法人となりました。新しい定款には財団の目的を「故仁科芳雄博士のわが国及び世界の学術文化に対する功績を記念して、原子物理学及びその応用を中心とする科学技術の振興と学術文化の交流を図り、もってわが国の学術及び国民生活の発展、ひいては世界文化の進歩に寄与すること」と謳っております。この目的を達成するために、従来から行っております仁科記念賞の授与、仁科記念講演会の開催、仁科記念室の運営、出版物の刊行などが中心的な事業として位置づけております。これらの事業の一層の充実を図ってまいりたいと考えております。

昨年(2010年)は仁科芳雄先生生誕120周年に当たりました。これを記念して、昨年の仁科記念講演会は「日本現代物理学の父 仁科芳雄博士の輝かしき業績」というテーマで仁科先生の業績を改めて振り返ることとしました。この講演会では、西村純先生に「ミューオンの発見」、池田長生先生に「ウラン237と対称核分裂の発見」についてそれぞれお話をいただきました。そして私も仁科先生のコペンハーゲンでの御研究を中心にお話しさせていただきました。講演の内容は、「 仁科記念講演会の記録No.52pdf」でお読みいただけます。

仁科先生は1921年に渡欧され、1928年に帰国されましたが、その大半の期間、コペンハーゲンのニールス・ボーアのもとでご研究をされました。まさに量子力学成立の時期に、その中心地で活躍されたのであります。当初はX線分光の実験的研究をされていましたが、ご帰国直前には、理論研究に転じて、有名なクライン・仁科の公式を発表されました。これは自由電子と光子の散乱断面積を与える公式を導いたものですが、ディラックの空孔理論の成立にも大きな影響を与えたことが推測されます。こうした歴史的な研究の進展を目の当たりにされた先生は、ご帰国後、大きな夢を抱いて理化学研究所の仁科研究室を主宰されたものと思われます。仁科記念財団は先生の理想を受け継ぎ、わが国の基礎科学の進展に貢献することを使命としていると考えます。

末筆になりましたが、新法人への移行に伴い、財団の運営体制の変更と、評議員・役員の大幅な交代がありました。退任されました評議員・役員の皆さまには長年の御尽力に対し深く感謝いたします。