仁科記念財団の沿革

仁科芳雄博士の没後、博士の偉大な業績を称えるとともに、原子物理学の基礎とその応用の分野において優れた研究者を育成するという博士の遺志をつぐ事業を行うため、当時の吉田茂首相を会長として設立発起人会が結成され、1955年11月5日に財団法人仁科記念財団が設立されました。設立に当たっては、わが国の財界からの寄付2,165万円、国内の個人の寄付234万円、海外の学者からの寄付約100万円、計約2,500万円をその基金としました。

1960年には第2次募金、さらに1969年から1976年にわたって第3次募金、1980年から第4次募金を行い、現在約5億8,600万円の基本財産に達しました。2001年には元仁科研究室研究員故中山弘美博士のご遺族からのご寄付があり、さらに2013年には元仁科研究室研究員で当財団常務理事を務められた故玉木英彦博士からの遺贈寄付金約6,600万円を頂戴しました。遺贈寄付金の合計約9,900万円は特定資産に繰り入れ定款に謳う当財団公益目的事業の執行に限定した準備資金となっております。これら基本財産と特定資産の運用益に加え、日本アイソトープ協会からのご寄付300万円と科学振興仁科財団からのご寄付10万円および賛助会員会費に基づいて財団の活動を営んでおります。

財団の創立に当たっては、初代理事長渋沢敬三氏が財団の基礎の確立に尽力され、渋沢氏の逝去後は朝永振一郎博士が理事長(在任:1963年~1979年)に就任し、1979年7月逝去の日まで財団の発展のために心を砕かれました。その後理事長は久保亮五博士(1979年~1995年)、西島和彦博士(1995年~2005年)と引き継がれ、2005年9月から2011年3月までは山崎敏光博士が理事長を務められました。

財団は創立以来、原子物理学の振興という公益事業を助成してまいりましたが、2008年12月に施行された公益法人改革法に沿って、この公益事業を主体的に推進する公益財団法人へ移行することとし、2011年4月、公益財団法人仁科記念財団に生まれ変わりました。新法人の初代理事長には小林誠博士が就任いたしました。

理事長をはじめ関係者一同、仁科博士を記念するにふさわしい財団として、その一層の発展を念願し、財団の運営に努力してまいります

公益財団法人仁科記念財団 認定の公示書(平成23年4月18日)

公益財団法人仁科記念財団 定款(2015年6月9日改定 第40条第1項の一部を改訂し、役員報酬規程第2条第2項を改定するとともに別表を制定)

仁科記念財団歴代理事長

渋沢 敬三(仁科記念財団初代理事長:1955 – 1963)

渋沢栄一の孫。東京帝国大学経済学部卒。財界関係では日本銀行総裁,大蔵大臣,国際電信電話社長,文化放送会長などを歴任。生物学や民族学の研究者でもあり,日本民俗学協会会長,人類学会会長などを務めた。(1896 – 1963)

朝永 振一郎(仁科記念財団第2代理事長:1963 – 1979)

1929年京都帝国大学理学部物理学科卒,1932年理化学研究所仁科研究室に入所。日本の理論物理学振興の祖である。1952年文化勲章受章。1956年東京教育大学学長。1965年にシュウィンガー,ファインマンと量子電気力学分野の基礎的研究でノーベル物理学賞を共同受賞。(1906 – 1979)

久保 亮五(仁科記念財団第3代理事長:1979 – 1995)

東京帝国大学理学部物理学科卒。専門は統計物理学,物性科学。1953年に「久保―冨田理論」と呼ばれる,磁気共鳴現象の量子統計力学の定式化を行い,1957年にこれを一般化して「久保公式」といわれる線形応答理論を体系化した。1957年,「非可逆過程の統計力学」で仁科記念賞(第3回)を受賞。東京大学名誉教授。1973年文化勲章受章。(1920 – 1995)

西島 和彦(仁科記念財団第4代理事長:1995―2005)

東京大学理学部物理学科卒。専門は素粒子論学。1953年,27歳のときに「西島―ゲルマンの規則」により素粒子の新しい規則性を発見。1956年,「素粒子の相互変換に関する研究」で仁科記念賞(第1回) を受賞。東京大学および京都大学名誉教授。2003年文化勲章受章。(1926 – 2009)

山崎 敏光(仁科記念財団第5代理事長:2005 – 2011)

東京大学理学部物理学科卒。専門は原子核素粒子物理学。1970年,理化学研究所サイクロトロンを用い,重い原子核の高スピン磁気モーメントの測定から,陽子の軌道磁気モーメントの異常増大を見出す。1975年,「核磁気能率に於ける中間子効果の発見」で仁科記念賞(第21回)。東京大学原子核研究所長,同名誉教授。2009年文化功労者。(1934 – )